トップランナーたち | 文芸ジャーナリズム論系 | 早稲田大学文化構想学部

トップランナーたち

文ジャ(旧文芸専修ふくむ)出身者の方々

青木淳悟(小説家)
朝井リョウ(小説家)
荒川洋治(詩人)
小川洋子(小説家)
角田光代(小説家)
栗本薫(小説家)
是枝裕和(映画監督)
立松和平(小説家)
成井豊(劇作家)
星野智幸 (小説家)
三田誠広(小説家)

 

角田光代さんに聞く

kakuta

▲早稲田に入ったのは文学部の文芸科に入るためでした。小説を書きたかったから。入学してみると、小説を書きたい人は少なかった。でも、みんな頭のいい子たちで、みんな私より知識がありました。だから、もっと本を読まなきゃと思って、すごくすごく読んだんです。たぶんそのとき尾崎翠とか内田百閒といった「好きな作家」や、いまの私の「支えになる作家」を見つけたんだと思います。みんなが読んでいる作家を追いかけてたら間に合わないから、みんなの口にのぼらない作家を読もうと思って大学帰りに古本屋街に行って、店先に積んである日本文学集の背表紙で聞いたことのない名前が入っているのを買って、数篇読んで好きだったらその人を追う。合わなかったらそこで終わり。次のひとを探しました。
▲高校で作文は褒められても、「小説の書き方」はまるで分からないから、大学で教わろうと思っていたけれど、「みっちり習ってから書く」というより「いきなり書く」って感じの実践コースで、ほとんど職業訓練所でした(笑)。いまでも覚えているのは文章の書き方についてで、若いときってアタマよく見せようと思って難しい言葉を使うんですよね。でも、当時教えにいらしていた作家の秦恒平さんが「難しい言葉で簡単なことをかくと、バカに見えるよ」と教えてくれて。「難しいことこそ、簡単な文章で書けるようにならないとダメ。だから自分の手持ちの言葉を使うように」って。いまでもその教えを守っている気がします。
▲大学3~4年生のときにはもう少女小説を書いていたけれど、同時に演劇サークルにも所属していて、お酒も飲んで飲んで恋愛もして、ほんとに忙しい学生時代でした。しなかったのは勉強くらい(笑)。いま思い返すともっと勉強したかったなと思います。でも、そうやって何も知らなかったことや学生のなかで最下層だったことが、いい意味でのコンプレックスになったとも思います。
「選ばれた感じ」とか「なにもしなくてもできちゃった感じ」なんてどこにもなくて、ただ「頑張んないと普通になれない」ってことを大学生のときに思い知らされたから。頑張って「人並みよりちょっと下」って世界にいたことで、普通に「頑張ってからじゃないと始まらない」ということが、大学で教わったいちばんのことだと思います。いまでも日々「頑張らないと」って思ってます。